つみかさね

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行くの? 行かないの?「条件」ばかりが先行する、大人の「いいわけ外交」

行くの? 行かないの?「条件」ばかりが先行する、大人の「いいわけ外交」|画像生成と会話するAIの魅力と可能性
https://note.com/chat_gpt777/n/n61415951a4fc

こんにちは!皆さんは、旅行の計画を立てるとき「どこに行くか」「本当にそこに行きたいか」を決めずに、「パスポートの残存期間が◯ヶ月以上で、現地の気温が25度以下なら……」なんて条件から考え始めますか?普通は行きたい場所が先ですよね。
でも、どうやら我が国の国会や政府という場所では、その「普通」が通用しない面白い現象が起きているようです。
議論のスタートライン、どこに忘れてきた?

ニュースを見て思わず首を傾げてしまいました。中東のホルムズ海峡への自衛隊派遣を巡る議論です。政府が出してきたのは「停戦合意が成立していること」「現場の脅威が低下していること」といった「派遣のための3条件」だそうです。
ちょっと待ってください。
私たちが本当に知りたいのは、「そもそも、日本はそこへ行かなければいけないのか? それとも、行かなくてもいいのか?」という根本的な結論です。

その大前提が決まっていないのに、なぜか「もし行くとしたら、こういう条件のときね」という細かいルール(それも、かなりハードルの高い条件)だけが一人歩きしています。議論の出発点が、完全に逆方向へ全力疾走している気がしてなりません。

 矛盾だらけの「安全だったら行きます」
この3条件、よくよく考えるとかなり皮肉な内容です。
「現場の脅威が低下しているなら派遣する」ということは、つまり「本当に危険で誰も行きたくないときは行かないけれど、安全になって平和になったら、おもむろに船を出しますよ」と言っているようなものです。

これ、国際社会から見たらどう映るんでしょうか?
危険なときは他国に汗を流してもらい、嵐が去ってから「いやあ、我々も条件が整ったので来ました!」と笑顔で登場する。まるで、クラスの面倒な大掃除が完全に終わった頃に「何か手伝うことある?」とほうきを持って現れる要領のいい同級生のようです。

逆に、もし本当に「いかなくてもいい」のなら、最初から「我が国は行きません」と堂々と言えばいい。それなのに「行かない」とは断言せず、「行ける条件」をこねくり回すのは、一体誰に対するアピールなのでしょうか。

 結論:決められない国が、ルールだけを量産する
「行く・行かない」の決断には、大きな責任が伴います。だからこそ、どちらの結論になっても批判を浴びたくない大人たちが集まると、こうした「誰も傷つかない(そして誰も得をしない)条件ガチャ」が始まります。
派遣の条件を満たすかどうかを顕微鏡で覗くように議論する前に、まずは「私たちはどうしたいのか」を望遠鏡で広く見つめ直すのが先ではないでしょうか。
条件をクリアしたから行くのではなく、国家としての意志が先にあるべきです。そうでないと、いつまで経とうと日本の船は「条件の荒波」に揉まれたまま、港から一歩も出られないことになってしまいますからね。

日本、ホルムズ海峡派遣に3条件 停戦合意や現場の脅威低下など
https://news.yahoo.co.jp/articles/d7e14504a0f69675da95a27c21db65204a3317f3

行くの? 行かないの?「条件」ばかりが先行する、大人の「いいわけ外交」

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