【朗読】山本周五郎『風鈴』
https://www.youtube.com/watch?v=WddwIJYnJwk
明治維新以降西洋化が正義で、ヨーロッパ、アメリカは憧れる進んだ国という意識の人々が当たり前になっている。そしてヨーロッパ、アメリカに劣等感も持っている。そんな日本人が多い。そして勝たなければいけない。出世しないといけない。でもヨーロッパ、アメリカよりずっと良かった江戸時代の日本、少し見直して見たら。出羽守(アメリカでは、イギリスでは何でも卑下するのに他の国、事象を挙げる)症候群、そんな世の中で、今でも少なからずいるでしょうまともにモノを考えられる人間が、そんな加内三右衛門の物語です。
15石の加内(かだい)家の長女・弥生、百樹家に嫁(か)した次女・小松、秋沢家に嫁した三女・津留と、長女弥生の良人(おっと)三右衛門(さんえもん)のお話。
貧乏の中、夫三右衛門と結婚したことで何とか、妹たちを両家に嫁にやることが出来た長女・弥生。嫁いだ妹たちが実家の貧乏を心配して、三右衛門に役替えを勧める。でも
本文より
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「その人たちには私が栄えない役を勤め、いつまでも貧寒でいることが気のどくにみえるのです、なるほど人間は豊かに住み、暖かく着、美味をたべて暮すほうがよい、たしかにそのほうが貧窮であるより望ましいことです、なぜ望ましいかというと、貧しい生活をしている者は、とかく富貴でさえあれば生きる甲斐があるように思いやすい、……美味うまいものを食い、ものみ遊山をし、身ぎれい気ままに暮すことが、粗衣粗食で休むひまなく働くより意義があるように考えやすい、だから貧しいよりは富んだほうが望ましいことはたしかです、然しそれでは思うように出世をし、富貴と安穏が得られたら、それでなにか意義があり満足することができるでしょうか」
「……おそらくそれだけで意義や満足を感ずることはできないでしょう、人間の欲望には限度がありません、富貴と安穏が得られれば更に次のものが欲しくなるからです」
「たいせつなのは身分の高下や貧富の差ではない、人間と生れてきて、生きたことが、自分にとってむだでなかった、世の中のためにも少しは役だち、意義があった、そう自覚して死ぬことができるかどうかが問題だと思います、人間はいつかは必ず死にます、いかなる権勢も富も、人間を死から救うことはできません、私にしても明日にも死ぬかもしれないのです、そのとき奉行所へ替ったことに満足するでしょうか、百石、二百石に出世し、暖衣飽食したことに満足して死ねるでしょうか、否、私は勘定所に留まります、そして死ぬときには、少なくとも惜しまれる人間になるだけの仕事をしてゆきたいと思います」
貧しい生活をしていると富貴でさえあれば生き甲斐があると思いやすい
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今のコロナの中でも医療関係者の皆さんの中にも三右衛門のような志をもった立派な人も沢山いるでしょう。何でもお金という風潮の中で、貴重な人達ですね。山本周五郎は心にじわじわとしみてくる作品を見せてくれる。何回読んでも良い本が多い。
「山本周五郎全集第二巻 日本婦道記・柳橋物語」新潮社
山本周五郎 日本婦道記 風鈴
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