つみかさね

一球一球のつみかさね 一打一打のつみかさね 一歩一歩のつみかさの 一坐一坐のつみかさね 一作一作のつみかさね 一念一念のつみかさね

子子子子子子、子子子子子子

子子子子子子子子子子子子(ねこのここねこ、ししのここじし)は、日本の言葉遊びである。「猫の子仔猫、獅子の子仔獅子」と読む。

この問題を考え出したのは嵯峨天皇、解いたのは小野篁であると伝えられている。
 嵯峨天皇の時代、内裏に「無悪善」と書いた立て札が立てられた。天皇が篁に読み方を尋ねたところ「さが(悪)なくてよからん(嵯峨天皇がいなければよいのに)」と読んだため、読めたのは篁が書いたために違いないとして怒った天皇は、自分は何でも読めるのだと弁明する篁に「子」の字を12個連ねたものを差し出し「ならば、これが読めるか」と問うたところ、「ねこのここねこ、ししのここじし」とたちどころに読んだため、天皇の怒りが解けたという。
(ウキペディア)

この話の初出は宇治拾遺物語(1213年-1221年頃成立)の巻第三の十七「小野篁広才の事」である。 前半の「無悪善」のくだりは平安時代後期の江談抄の第三(1104年-1108年ごろ成立)が初出で、十訓抄(1252年成立)の第七などにも出てくるが、後半の話は「子子子子子子子子子子子子」ではなく「一伏三仰不来待書暗降雨恋筒寝」(月夜には来ぬ人待たるかきくもり雨も降りなん恋いつつも寝ん)となっている。 このため、元からあった「無悪善」の話に、宇治拾遺物語の成立した鎌倉時代初期までに「子子子子子子子子子子子子」の話が付け加えられたと考えられる。

出展は宇治拾遺物語巻第三の十七「小野篁広才の事」から。

日本古典文学摘集 宇治拾遺物語
https://www.koten.net/uji/
日本古典文学摘集 宇治拾遺物語 巻第三ノ一七 小野篁広才の事 原文
https://www.koten.net/uji/gen/049/


宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)
解説
鎌倉時代初期(1221年ごろか)に成立したと考えられる説話集。古本系諸本は上下二巻。
雑纂形式で197話の説話からなる。院政期に成立した『今昔物語集』、鎌倉時代中期に成立した『古今著聞集』とならんで、我が国を代表する説話文学である。