つみかさね

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海を撃つ 福島・広島・ベラルーシにて

書名:海を撃つ
   福島・広島・ベラルーシにて
著者:安東 量子
発行所:みすず書房
発行年月日:2019/2/8
ページ:287頁
定価:2700円+税

1月ほど前にNHKの「こころの時代」という番組で著者の「安東量子」さん(43歳)を初めてみた。福島県いわき市で田舎暮らしを楽しんできたが、福島第一原発事故で生活は一変した。事故から8年の日々を綴った本で話題になった本だとか?それで図書館に頼んでおいたのがやっと年末にやってきた。淡々とかかれた優しい文章、どこにも被災地の怒り、必死に叫ぶそんなことはない。静かな本です。たまたま今でも避難しないといけない場所でないところで、ずっとその場で住んできた一人の女性が考え、行動して来た事を淡々と綴っている。そして福島の人たちの思いとは違った世の中の動き、流れの中で大きく声を上げるわけでもなく淡々と受け入れている。

そして福島の人たちの本音。避難なんてしたくない、引き続きずっとこの場に住んでいたい。1ミリシーベルトがどうの、汚染がどうの、危険だ。自分の子や孫に作ったもの今までのように測定もしないで食べさせてやりたい。汚染状況を測定しないと生きていかないと行けない場所になってしまった。実態を知るために事故直後から放射能汚染状況を測定して、これだと1ミリシーベルトより低い、でも高い。(これで全く問題ないと言えない。前はもっともっと低かった。図る必要がなかった)そういう意味で測定することに意義がある。そして其処にとどまるためにその測定値をどう生かすか?それを考えているという。「意義的に危険な場所だから逃げろ」で逃げられる人ばかりではない。安東量子さんは「私は忘れまい。今日見た景色を、聞いた話を、忘却の向こう側へ押しやられようとしていることたちを、あなたが忘れるのなら、消し去ろうとするならば、私は、記憶に、記録にとどめよう。」とそしてあの事故が起こって、使命感を持ってやっていたわけでもない。でもそこに自分はいた。そして行動していたと。強制避難した人、自主避難した人、帰る家も場所も無くなった人とは違う。ある一人の女性の記録です。声高に叫んでいないが、こころにビンビンと響いてくる本です。彼女から見ると「福島の人たちが直面してきた出来事や葛藤を“無かったことにされたくない”という思いがある。事故に直面して問い直した自らの生き方、福島で暮らす中で見つけた、“立場の違う他者と生きていく上で大切なこと”を語ってもらった」福島のことはほったらかし、口だけになって忘れている。でも忘れられてもそこに行きている人がいることを訴えている本です。

平成17年の秋に福島を訪問して、被災地を車で廻った。(知人の計らいで、1日案内して福島各地を廻って貰った、勿論線量計持参で)だからこの本に出てくるところも大体判る。相馬、飯館村、浪江、など原子力発電所がもう少しで見えるという所まで案内して貰った。その地域の情景を浮かべながら、興味を持って一気に読んでしまった。ICRPの話なども当時放射能に対する規格などを調べていた時によく出てきたところ。ところで未だに緊急事態宣言のまま、いつになったら普通になるのか?前の状態に戻るのは永遠かもしれないけれど、究極的にはもとのまま、ふつうに生活が出来る場に戻ることを誰もが願っている。自分の世代には無理かも知れないが、100年、300年後?

 

安東量子著『海を撃つ 福島・広島・ベラルーシにて』(みすず書房

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こころの時代~宗教・人生~ 私にとっての3.11「福島を語る言葉を探して」

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