大正時代の開業医の診療記録がテレビで紹介されます
https://www.city.yaita.tochigi.jp/soshiki/hishokouhou/nhk-bs20200826.html
「100年前のパンデミック?“スペイン風邪”の教訓?」 - 英雄たちの選択 -
https://www.nhk.jp/p/heroes/ts/2QVXZQV7NM/episode/te/9WVV6ZPW32/
スペイン風邪のとき、北里柴三郎研究所と東大の感染症研究所が競争になって、まだ細菌など位までは見ることが出来る顕微鏡を使っていた時代。ウィルスはその1/10以下だから病原菌(当時は)が確定できない中、ワクチンを開発に走った。双方ともメンツだったり、国の機関(東大)の権威だったり、思惑が満ち満ちていた、雑念だらけであり、国会からも何をやっている早く早くとせかされてワクチンを供給したがほとんど役に立たなかった。
そのとき、児玉龍彦東大名誉教授は医学、科学に純学問以外を持ち込んではいけない。政治、金儲け、メンツ、希望、みんなのためとかと雑念が入るほど、研究、学問はどんどん曲がっていく、今回のコロナウィルスでもワクチン開発に外野は口を出すな。学者は無視しろと。
日本で50万人くらいが死亡したと言われるスペイン風邪、今から考えても大きなパンデミック、でも都合2年間とじわじわ死んでいった。50万人くらいだと自分に関係する人の知人位の広がりだったから、後から憶えている人がほとんどいなくなっている。一晩で10万人が死んだ東京大空襲、広島の原爆、水害、災害などに比べて感染症の広がりはじわじわとくるから、印象に残っていないのでしょうね。今回のコロナも10年後には憶えている人もいなくなってしまうのかな?
京都の下京のお寺に、スペイン風邪の当時、高等女学校に入学したばかりの12歳の少女が残した日記があって、その当時のスペイン風邪の流行っていく様を綴っている。翌年自分のスペイン風邪にかかり、3週間の養生で直ったが、学校の成績は落第を辛うじて逃れるほどの乙が並んでいた。というような記録が出てきた。現住職の先祖にあたる人。スペイン風邪のようなときは公的な記録として感染者数、死亡者数などの統計などは残しているが、その風邪にかかった一人の人間の記録というのはなかなか残っていない。そんな意味でも貴重な記録です。
「流行性感冒」というスペイン風邪を記録した本を紹介していたが、全国各地の県がどんな対応をしたか?とか、啓蒙ポスターなど、ついでにアメリカのポスターなども記録に残っていた。この大正時代原敬内閣の時、おかみは偉いから民衆を教育、啓蒙してやらないといけないという明治時代から、意識改革が進行中だったのか?大正デモクラシー?啓蒙ポスターにしても「お願い調」みなさん手を洗いましょう。マスクをつけましょうと、ところがアメリカのポスターは命令調で怖い感じでした。
大正時代に矢板町(当時)で開業していた五味淵医師の診療記録が紹介されます。スペイン風邪の詳細な診療記録は世界的にも貴重な文献だそうです。
NHK 番組表 | 英雄たちの選択「100年前のパンデミック~“スペイン風邪”の教訓~」 | 大正時代の日本を襲った感染症、スペイン風邪。ワクチン開発を煽った国や世論。町医者の格闘。感染した少女が日記に綴った恐怖。100年前の経験から何がくみとれるか?
http://www2.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=509&date=2020-09-02&ch=10&eid=18263&f=2647