つみかさね

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「道具」に使われる人々——パソコン教室の幸福な時代と、現代のデジタル不全

「道具」に使われる人々——パソコン教室の幸福な時代と、現代のデジタル不全|画像生成と会話するAIの魅力と可能性
https://note.com/chat_gpt777/n/n4ff533a4674e

 「先生、Wi-Fiが繋がりません!」「アップデートが始まって動かなくなりました!」
教室に響き渡る悲鳴。授業は中断し、教員はITサポート担当へと早変わり……。最近、教育現場のデジタル化による「授業中断の連鎖」がニュースになっていますが、これを聞いて私は、少しだけ遠い目をしてしまいました。
今から20年前、2000年前後のあの頃。私たちはもっと「不便」で、もっと「自由」だった気がするのです。

 【古き良き「学校のPC」という聖域】
2000年前後、私はボランティアでパソコン教室の講師をしていました。会場は近隣の大学や高校のPC教室。当時はまだ、Windows 98や2000が元気に動いていた時代です。
あの頃の運用は、実にシンプルで「豪快」でした。
もし受講生の席のパソコンが壊れていたら?答えは簡単、「隣の席に移動してください」で終了です。学校側も太っ腹で、「壊れてたよ」と後で伝えておけば、次回の講座までには魔法のように直っていました。

私たちは「箱」を借り、受講生は「身一つ」でやってくる。
そこには、現代のような「個人の環境設定」も「持ち込みデバイスの相性」も存在しません。道具はそこに「あるもの」であり、動かなければ変えればいい。ただそれだけの、幸福な時代でした。
 【「マイ・パソコン」が持ち込んだ、些細で致命的なトラブル】
ところが、時代が進み「自分のノートパソコンを持ち込む」スタイルが主流になると、雲行きが怪しくなりました。

「マウスを忘れました」「ACアダプタがカバンに入っていませんでした」
……もはやITスキルの問題以前に、忘れ物チェックリストの次元です。しかし、この「ちょっとした忘れ物」が、講座を止める立派なスパイスになります。
現代のニュースにある「Wi-Fiが来ない」「バグった」という叫びも、この延長線上にあるのでしょう。一人一台端末という「自分専用の魔法の杖」を持たせた結果、その杖のメンテナンスまで現場が背負わされる。
20年前、学校のPCを適当に(?)使い回していた頃には想像もつかなかった、高度で低レベルな混乱です。

 【デジタル化の皮肉:便利さは人を不自由にさせる?】
かつて、パソコンは「特定の場所に行かなければ触れない特別な機械」でした。だからこそ、動かなくても「じゃあ次」と切り替えられた。
しかし今はどうでしょう。
どこでも繋がるはずのWi-Fiが、数分切れただけで授業が崩壊する。最新のアップデートが、学びの時間を奪い去る。
私たちは効率化のためにデジタルを導入したはずなのに、実際は「デジタル様」のご機嫌を伺うために、教師も生徒も右往左往しています。

予備の席に移動すれば済んだあの頃の「大らかさ」は、高機能なタブレットの影に隠れて、どこかへ消えてしまったようです。

 【まとめ:20年前の「適当さ」を今こそ】
教育のデジタル化に一石を投じるなら、私はこう言いたい。
「たまには電源を切って、黒板だけでやってみませんか?」と。
20年前にボランティアで教えていた頃、私たちはパソコンを「便利な道具」として扱っていました。でも今は、人間が「デジタルの保守点検員」に成り下がっているような気がしてなりません。
マウスを忘れたら、隣の人と一緒に画面を覗き込めばいい。Wi-Fiが切れたら、窓の外の夕焼けでも眺めればいい。
かつてのパソコン教室にあった、あの「なんとかなるさ」という余裕。それこそが、今のギスギスしたデジタル教育現場に最も必要な「アップデート」なのかもしれませんね。

「バグった」「Wi-Fi来ません」授業中断の連鎖に教員悲鳴 教育現場のデジタル化に一石
https://news.yahoo.co.jp/articles/470f573bf945e5edb6c734dcdc6e8e52391b6e66

「道具」に使われる人々——パソコン教室の幸福な時代と、現代のデジタル不全

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